小説「男巫」3 ~障子に映る残酷~
家に着き夕食の時間になると、父母と太郎は3人で食事を囲んでいた。
障子に隔てられ、1つ隣の部屋では帰一が1人で食べていた。
帰一は、みぞおちか心かどこだか分からない場所がまだ痛む気がして、そっと胃をさすった。
障子にはぼんやりとあの3人の陰が映る。
「見せてごらんなさい。まぁ、太郎は絵の才能があること」
「ありがとうございます、お母様。帰一も描いていましたが、ありゃダメなもんでしたよ」
「帰一のやつ、またくだらない絵を描いたか」
障子の人陰が、ひっひっひっと笑う声と同時にピクピク動いた。
「ここだけの話だが」
笑い終えた父が口火を切った。ここだけに帰一が含まれていようがいなかろうが、たかが障子1枚の壁。嫌でも聞こえてくるのだった。
「うちの子は太郎、お前だけだ。帰一は違う。帰一は他人だ。うちの財もみんなお前のものだ。それは太郎が名高き長男だからだ。先祖代々から受け継いできた家名に誇りを持ちなさい」
帰一は怒った、と人は思うだろう。だが先ほどまでと変わることなくさっさと食事を採っていた。心の中は、もはや無に近い。
帰一にお茶をとやってきた下女は、肩をガチガチにして青ざめて、目の底から絶望が湧き出たような顔をして固まった。
「ありがとう」
と、帰一は例の話などなかったように下女の持つお盆に乗った湯飲みを取った。
「今日もいい天気だったね」
帰一がそう微笑みかけるのを、下女は目をうるませながら黙って見ているしかなかった。
帰一だって父の血統を引き継いでいるのであり、それは誰に何と言われようと明白なことだった。
だが、
「いっそのこと本当に父の子でありませんように……。もうその方が嬉しいです。どこかにまだ会ったことのない親がいてくれるならどんなにいいか」
と心のどこかで願う気持ちが帰一の中に潜んでいた。
静かに、静かに、そそくさと、帰一の右手は口元に箸を運び、食事に箸を運び、また口元に箸を運び、淡々とその動作を繰り返していた。障子に映る残酷な光と陰の横で。