さわがしい静(しづ)の日記

20代後半から看護師めざす人の自由な日記。自作小説はイタいかも。

小説「男巫」2 ~痛むみぞおち~

 

ある日突然、嫡男の太郎が風景画を描きたいと言い出したので、帰一は城の近くの橋までおともをすることになった。

2人は橋から少し離れた所に座った。

アーチをえがいた趣のある橋と、その下の池。太郎はその風景とにらめっこしながら、濃い墨、薄い墨をつたなく使い分けて紙に描いていった。

帰一もその横で一緒に描いてみるのだった。

 

夕日が沈む頃になるとようやく2人の絵は完成した。

帰一の上出来な絵を見た太郎は、「お前は筆くらいしか使えないんだな」と言いつつ、自分の腰に差した刀をポンポン叩き誇らしそうに笑った。

「そうですね。僕は刀もろくに使えない。太郎様はさすがです」と帰一は小さな声で返した。

すると、太郎が帰一のもとに一歩近づいたかと思うと、すばやく刀の柄をぐいっと突き出し、帰一のみぞおちにぶつけた。

帰一のみぞおちに痛みが走ったが、これは皮膚の痛みだけであろうか。心中の痛みとも混ざっているようで、どこがどう痛いのか帰一本人にすらわからなくなった。

 

そう帰一がぼんやりしているうちに、

「こうやってやるんだよっ! 武術ってのは!」と、意地悪な笑みのせいで顔に陰ができた太郎は、そのまま刀を抜いて振りかざした。地面に置かれた帰一の絵に向かって。

ぶんっと刀が風を切る音とともに、絵は真っ二つに切られてしまった。

 

カッコつけながらスッと刀を納め、「それでもまた描くのだ。人生にはその努力が必要なのだ。そう思えばこれも良い経験だろう」と師範のごとく言う太郎。

そんなバカな理屈があるか、と帰一は悔しい気持ちがしたが、あの家で暮らす限りいつこのような馬鹿げた沙汰が起こってもおかしくない。

その度ごとにいちいち悔しいなどと思っていても仕方なかった。帰一の得意技である、何事もなかったことにするという術を今日も使うのだった。

 

切り裂かれた帰一の絵は、意地悪者の片足によって池に落とされ、ゆらゆら浮かんだ。一方、太郎の絵は丁寧に巻かれ、仕上げにきゅっと結ばれた。

その紙の違いが、まるで帰一と太郎そのものを表しているかのように帰一の目には映ったのだった。

 

怒りや悔しさに満ちた顔で帰ったら、家の下女たちが心配する……。

そんなわけにいかない、と帰一は自分自身に言い聞かせた。太郎のうしろを行きながら、ムリヤリ口の端を上げつつ帰路についた。