さわがしい静(しづ)の日記

20代後半から看護師めざす人の自由な日記。自作小説はイタいかも。

小説「男巫」1 ~庶子の傷~

 

ある地に少年がいた。ただでさえ庶子とのことで、親からも親戚からも除け者だった。その上、なんか変な子とあちこちから噂され、背を丸めて閉じ籠って暮らしていた。

松平帰一と名乗るその少年は、あちらこちらから武家らしからぬ「奴隷」というあだ名をつけられていた。だが帰一はすっかりそのことに慣れきっていた。

心をなくしたような虚ろな面持ち。そんな表情がこの少年の普段の表情であったが、特に誰もそのことになど気を留めなかった。

 

そういえば剣術の稽古には誘われた覚えがない。そもそも帰一に配られたのは短い脇差のみだった。

嫡子の太郎なら、帰一と同じくまだ年端も行かないが、威勢よく二本差しで外を出歩く。

帰一は最初から完全に見限られていたのだろう。帰一本人もそのことは薄々わかっていたけど、武士になりたいわけでもないのが本音なので内心喜んでいた。外へ行くときも袴は着用せずに着流しで、脇差も差さずに出ていた。

 

帰一の家には住み込みの下女が何人かいた。

家のことをよくしてくれるだけでなく、唯一帰一にも優しかった。だから下女たちの前では少し表情が砕けた。

もともと家の下男程度に扱われているのもあるが、帰一は積極的に下女の手伝いをしていた。

武家のお方にさせるなんて」と遠慮されれば、「同じ身分だと思ってよ」とうっすら微笑んで返すのだった。

時折父親が正室と「あいつのことは、お友達と同じ奴隷にしてやればいい」などグチグチ語っていたが、帰一は悪いことは聞こえないふりをするのが得意だったのでしれっとしていた。

妾であった帰一の母親はとうに病死しているので、親に甘えるのでもなく辛さを直視するのでもなく、ただ黙って聞こえないふりをして全てなかったことにする他はなかった。

 

(14歳になったら勘当してもらってこの家を出て、薬屋で修行し、新しい人生を歩もう。)

帰一の中にはそんな計画があった。その計画は強い心の拠り所のようになっていた。家の下女たちもそれを応援してくれていた。